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対談

5. 桜翁茶話第6回

今回は、ジェイティービー企業年金基金副理事長および企業年金連絡協議会会長の山口登さんをお招きしました。山口さんの書かれた「企業年金マネジメントの考え方と実務」という本が今月出版されました。それを出版するに至った動機や日本の年金に対する想いをおうかがいしました。

ゲスト略歴紹介
山口 登
企業年金連絡協議会会長・ジェイティービー企業年金基金副理事長。1966年、東京外国語大学卒業。同年、(株)日本交通公社入社。ロンドン、ニューヨーク勤務を経て、1997年7月よりジェイティービー厚生年金基金常務理事、2003年6月より副理事長。2002年5月より企業年金連絡協議会会長。厚生年金基金連合会において、制度改善委員会委員長、企業年金連合会検討委員会委員長、資産運用委員を務める。東京地方協議会会長基金。2003年度は「2004年改正特別委員会」委員長として法案改正の要望のとりまとめを行った。企年協主催の「企業年金制度研究連絡会」座長として、2003年度は「年金通算制度」、2004年度は「受託者責任と年金ガバナンス」の研究をしている。


本に込められた想い

桜翁  今回出版された「企業年金マネジメントの考え方と実務」という本を読ませていただきました。それに関わる話と、年金運用におけるオルタナティブ投資の考え方についてお話をうかがわせていただこうと思います。まずはご著書の方ですが、自社での年金の運用の他、いくつかの公職を兼務されている中での執筆はそうとうハードなものかと思われますが、そうまでして今回の執筆することになった動機、その想いをお聞かせいただけますか?

山口  前書きと終わりに書いたように、私は自社年金に着任した当初のきつい状況から一気に改革をし、3年連続マイナス運用という最も厳しい環境の中で運用を実際にやってきたわけです。その中で私が体験し実際にやってきた資産運用の原理原則、考え方を多くの方に伝えたい、と思いました。いずれ後輩に引き継がなくてはいけませんし、一般的な企業年金の現場でよく起きている問題がこの3年間に凝縮して起きたわけですから、その体験を本として残す必要があると思いました。アセットミックスを決めていても99年のように株が上昇すると株のウェートが高くなったまま放置し、その結果2000年の下落時には必要以上の損失が発生してしまった基金も多くありました。リバランスルールを作っていても実際の適用はあまり行われていないのです。2002年から代行返上が始まり、その時の株式市場環境が悪かったために多くの人がキャッシュ化を急ぎ、2003年の1月から3月にかけては売りが売りを呼ぶような状態が続いた結果、2002年度のリターンは必要以上に悪いものになってしまいました。私はその当時、代行返上に関しての活動、たとえば物納を認めてもらうよう当局への働きがけなどもしておりましたが、そのような活動を通して、いろいろな情報が入るようになり、信念のないふらついた運用が大半で行われているという実態を知ったのです。年金運用をしっかりやっている者のひとりとして、私のやっていることを伝える必要性をその時に感じたわけです。このような時代に株式運用をやめて債券を中心とした基金も多く、また早々とキャッシュ化した結果2003年の株の上昇に乗れなかった基金もあり、適切な運用管理がされていないのではないか、と強く感じたのです。この気持ちを著書を通じて訴えたかったのです。「如何にしたら適切なプロセスで正しい運用管理ができるのか?」という観点から、人の育成、受託者責任、年金ガバナンス、またコンサルタントの使い方や運用機関との付き合い方に及ぶまで、全て必要と思えることをまとめました。正しい運用管理をすることが運用リターンの向上にもつながれば、という強い思いからこの本を書くことにしたのです。また、運用以外に企業年金連絡協議会(以下企年協という)の会長としてこの3年間関わってきた制度の改革の経緯についても加えました。年金の管理者としては運用だけやっていてはだめです。非常に難しい時代にしっかり年金を経営していくには、財政問題の解決、制度の改革、運用の改善、のすべてをやらなければなりません。しかもそれは基金だけの問題ではなく、従業員及び会社の、全体の問題でもあります。ですから当然、母体企業と自分との関係も整理してやっていかなくてはなりません。そのような年金基金そのものの経営のコツについても書きました。単に資産運用テクニックに走るような本ではなく、ものの基本的な考え方、母体企業対基金、基金対運用機関、基金対コンサルタントとの関係など、全てを整理していないと、年金の正しい経営はできません。

厚生年金基金時代は母体企業から独立した公的なものでしたが、代行返上した後は、年金基金の存在は母体企業にとって社内組織のようなものに変わってきました。母体企業にとって退職給付債務をコントロールすることが最大の経営課題になったため、会社と基金が一体的に運営されるようになってきたのです。掛け金支払義務は母体企業にあるので、その意向を無視することはできません。従来、長期的なビジョンで運用をうまくやってきた年金が母体企業の決算サイクルに合わせて、短期志向になったところが出てきた。私は年金に携わっている人間として、それを大変危惧しています。運用者は運用だけ考えていてもだめで、母体企業との良好な関係を持つことが重要になってきました。私が年金ガバナンスを重視しているのは、母体企業と年金が、お互い密接なコミュニケーションが不十分で、権限とか責任の分担が不明確なまま、単にアセットミックスを基金側が決めて運用しているのでは本当の年金運用管理は出来ない、と思うからです。97年末に資産運用規制が撤廃されて以降、年金運用があまりにも安易に行われおり、会社とリスクの取れる範囲を一緒に考え、真剣に将来のリスク発生確率を考慮したアセットミックスの決定が行われているのか、大変疑問に思っています。リスクを取り過ぎたためロスが大きくなりすぎ、結局代行返上に行かざるを得なかった基金もあったと思います。今般の年金危機において会計制度の変更は大きなきっかけではありましたが、その真の原因は年金基金のマネジメント力不足にもあったと思います。それが全体のパフォーマンスの悪化に伴って、問題が拡大したのだと思っています。


日本の年金運用の現状と課題

桜翁  最終リスクテイカーとしての企業本体と独立性を要求される基金とが十分に話し合って年金運用を行っているところはどのぐらいあるのでしょうか?

山口  あまり多くないのです。それでこの本を書きました。読者の対象は年金基金の方だけではありません。最近では、基金制度を持っていない規約型も増えてきました。適格年金は近い将来、何らかの企業年金制度へ移行しますが、担当の方たちも多様です。規約型や適格年金は事業主そのものが実施主体であり、人事部や財務部、経営の一部が直接監督しています。そのような方の多くは、受託者責任、ポートフォリオ運用、長期分散投資など、年金運用の基本中の基本についてあまり経験がないはずですから、その方たちの役に立つように、という強い思いを込めて、「なぜ株を持つのか」等基本的なことについて書きました。資産運用について知っているつもりの人が多いのですが、実は年金資産運用の本質を知らない人が多いと思うのです。

桜翁  人事・財務と年金運用ではかなり違う世界ですね。

山口  自分が両方を経験してみて、これは本当に違うと思いました。持っている機能、接する人達、入ってくる情報も違います。私はたまたま年金の分野に移って、資産運用についてはこちらの方が進んでいる、高度な仕組みもできている、まともな運用の世界だな、と思いました。しかし、ポートフォリオ運用・長期分散投資の経験が無いはずの企業財務の人達が年金運用についても指揮をするようになったのです。

桜翁  年金会計制度の変更により年金のパフォーマンスが企業会計に影響を及ぼすようになったからですね。

山口  以前は5年に1回再計算が行われ、その間の運用利差損を償却するだけで良かったので、殆どすべての年金運用は基金に任せられていました。しかし、退職給付会計(PBO)の導入により今まで認識しなくてもよかった年金債務まで新たに認識をしなくてはならなくなりました。その会計制度の変更の他に、長期金利の低下に伴って割引率も引き下げたことや、3年連続のマイナスリターンという複数の要因が同時に発生したことにより、急速に債務が増加しました。会計制度の変更が無くても、この数年間で債務は増える傾向にあったのです。未積み立て債務の増加は会社の格付けの低下や株価の下落に波及するので、経営者にとってPBOを削減する、最小限に押さえるということは最優先事項になったのです。そこで年金運用が財務主導になるのは当たり前のことでした。PBOを抑制するためには、給付をカットするとか、運用内容の見直しについては「債券を増やせ」「ほとんどキャッシュにしてしまえ」などと極端な議論が行われたわけです。それまで慣れ親しんできた本来のあるべき年金運用とは全く違う運用が急速に行われるようになりました。

桜翁  そのような状況に直面されて、「これではいけない。」、と思われたわけですね。

山口  企年協の会長をしていなければここまで感じなかったのかもしれません。企年協には500社以上の全国の企業年金が会員に入っていますが、それら企業年金の多くで本来あるべき姿と違う年金運用が行われ始めたことを知り、なんとかしなくては、と強く思ったのです。

桜翁  体制としては、財務の方は毎年の会計を見る財務面を担当し、年金基金は独立して運用に特化した人が担当してお互いに話し合いながら行っていくのがベストということでしょうか。

山口  そうです。 仕事の責任と権限の分担を決めて行うのが重要ですね。年金基金自体が稼げる収入は運用収益と会社からの掛け金の2種類で、年金基金自体にはリスク許容度はなく、最終的なリスクテイカーは母体企業です。アセットミックスを作る時は、財務が関わるのが正当です。想定できる最大損失の範囲で、母体企業が耐えることができるのかどうかを総合的に判断して、アセットミックスを決めて欲しい。この段階では、お互いに十分話し合って決めることが重要です。実際の組織的な決議は代議委員会を通して行われますから、決定した責任は明らかに基金側にありますが、実質的な決定者は母体企業側になってきたのです。実質的な権限と年金法上の責任の所在にズレが生じているのです。運用機関の選定や運用戦略の細かな決定についてまで全部母体企業が仕切るのかはおかしいと思います。日本の場合はその線引きがはっきりしていないように見えます。アメリカのケースが良いとは限りませんが、日本ではアメリカのように誰が決めて執行するのかという役割、責任がはっきりしていないと思います。基金へ権限委譲するべきことをせず、細かい部分にまで関与してくることは良くないと思います。


年金運用に必要な能力と情報

桜翁  人材はどうですか?総務、人事、財務の卒業生の方が基金に関わることが多いように見えますが。

山口  年金の資産運用管理に適した人材は母体企業の中に極めて少ないですね。そのため財務の方が前面に出てきて運用することが当たり前のようになってしまうのです。人事の人は制度には強いが運用はわからず、財務の人は制度には強くないが運用では他の人より土地鑑がありますから、財務の人が年金運用を執行する側に回りやすいのです。しかし、先ほどお話したように財務の持っている情報や考え方、仕事の内容と年金のポートフォリオ運用・長期分散投資とは相当異なります。ですから、財務の人が年金の運用をする時には、いちから始めるような気持ちで勉強をしてもらうことを願い、その際にこの本が役に立てばと思います。

桜翁  そうは言っても山口さんのように勉強されて年金のエキスパートに誰でもなれるわけではないですから、外部のプロを基金に入れるという方法はどうですか?

山口  運用機関にいた人を採用する方法もあります。しかし、実際に採用された人は、専門知識や技術的なことはよく知っていますが、母体企業の人脈をあまり知りませんので、会社内部の折衝等で苦労するかもしれません。企業のカルチャーも異なりますし、処遇も考えないといけません。輸入人事を定着させるためには、双方の努力が相当必要ですね。

桜翁  プロフェッショナリティーを発揮する場が持てていないということですね。

山口  何かを達成するためにはいろいろな人を口説かなくてはなりませんから、ただ知識だけがあってもだめなのです。外部から人を採用するのが難しければ、現実的にはコンサルタントを使うのが良いと思います。コンサルタントの場合は、人の雇用ではなく、単に仕事だけ頼めばよいのですから、年金基金はコンサルタントや信託銀行の機能を大いに使うべきだと思います。すべて自分でやろうというのはとんでもありません。私が年金基金に移り、まず最初にやった仕事はコンサルタントを変えたことです。自分の足りないところを補ってくれる優秀なコンサルタントを採用し、社内教育から投資の執行に至るまで、コンサルタントの力を借りることで一気に事を運ぶことができたのです。しかし、一般にはそれをうまく使える人が少なく、逆にコンサルタントの言いなりになって使われてしまう人も多くいます。使うための能力が必要です。技術を知らなくても専門家を活用する能力を持っていなければなりません。投資理論だけを勉強するのではだめだということです。人を説得したり、使ったりする管理者としての能力がないとだめです。

桜翁  人生経験がいる世界ですね。それで歴史を読めとおっしゃっているわけですね。

山口  中国の古典とかどんどん読まなくてはだめです。単純に経済書だけ読んで運用できるというのは間違っていると思います。良い運用機関を選ぶ時も、相手を見抜かなくてはなりませんから、人間心理を読む能力が求められます。

桜翁  主にどのような本が参考になっているのですか?

山口  特別にこれ1冊というのはありません。自伝や歴史、エッセイなど経済に関係のない本でも何でも読みます。1つ気をつけていることは日本語の本だけを読まないことです。海外にいた時は勿論のこ、日本に帰国してからも、日本語の書物だけでなく海外の雑誌も並行して読み続けています。物事を複眼的に見ることは大切だと思います。日本語と英語の情報では物の見方が大分違います。日本は情報の輸入国で、殆ど輸出していませんから、日本語の情報にはエコノミストのような海外の雑誌で見られるような、多面的に捕らえたものはあまりありません。情報の幅の広さや物の見方の多様性という点において、日本は愕然とするぐらいプア−です。私はロンドンとニューヨークに11年以上駐在していましたから、彼らの発想を理解することができます。会計士や弁護士、銀行、証券、不動産関係者など、色々な分野の専門家と関わってきましたから、彼らの考え方は理解できると思っています。長年運用をやってきたわけではありませんが、いろいろな人と話をして幅広い情報を得ることができます。


年金運用の基本

桜翁  著書の中で年金資産運用の要諦として、長期分散投資の徹底、運用基本方針の実行、リバランスの確実な実行、基本資産配分の重視、そしてキーワードは分散投資と分散投資を基本に定めて確実に実行することの重要性を強調されていますが、その根本にあるのは、相場動向は当てられないから、ということでしょうか?

山口  明日のことはわからない、と思っています。為替をやっていたときも、どう分析しようが、どんなに学術書を読もうと、アナリストが何と言おうが、明日は全く違う世界ということが幾らでもありました。この世界はいくら何をしようとどうしようもない世界だと思いました。ですから私の気持ちの上では整理がついていて、わかると思わない前提からスタートしています。ですから分散するしかないのです。もう一つの理由として、「年金運用の本当のターゲットは何なのか」、ということです。私は高原状態のリターンを最後まで続けることにあると思っています。一瞬良くても続かなくては意味がありません。そのためにはどうしたらよいのか?どんなに安定した商品でも、一つの商品で絶対リターンが得られるとは思っていません。本の中で触れおりますが20数年間米国のイーストマン・コダック社で年金運用責任者をされたラッセル・オルソン氏と長い対談を3回も行い、2人の意見が一致したのは、「年金の運用は分散するしかない。分散を突き詰めるしかない。」ということでした。それは「株と債券だけでなく、あらゆる可能なものに投資する。」ということです。しかし、日本の場合は年金担当者が頻繁に変わりますから、何十年にもわった一貫した運用ができにくいのです。私はいずれ会社を定年退職することになりますから、この本を通して何としても後輩に私が実際に体感して得た哲学を伝えたかったのです。

桜翁  この本を読んだ人は、体験がにじみでている本だな、と思うと思います。

山口  実際にいろいろな体験をした私から見たら、投資理論は現実離れしているように見えなくも無いのですが、基本ですからキチンと勉強はしておく必要はあります。私も投資理論は読みますが、大切なのことはそれに過度に依存せず、常識を働かせることとか、経験を生かすとか、自分の頭でよく考える習慣をつけることが大切です。ルールを作るときが大切ですから、みんなとよく協議をして作ったら、文書化し、いざ実践するときはそのルールに従うことです。実践しないとルールは生きてこないのです。

桜翁  基本を強く訴えている一方で、人まねするな、と独自性の追求も同時におっしゃっていますね。

山口  運用の根っこのところで、横並びが一番いけないと思っているからです。理論は覚えていても体がつい横並びで動いてしまうことをうまく避けることが、資産運用のコツなのです。基本方針を決めて、それを文書化し、ルールに基づいて動くようにしています。それでないと、日本人に永年染み付いた横並び体質がともすれば出てしまいがちです。

桜翁  基本を作るときが重要になりますね。年金でアセットミックスを作るときはどういう要素を考慮に入れ作るのが良いのでしょうか?

山口  私はアセットミックスを一度しか作っていません。97年に作って以来、基本は同じなのです。これは非常に稀なことのようです。私が着任してアセットミックスの作成を手がけたのは、97年の5・3・3・2ルールが撤廃され、翌年時価会計導入されることが決まっていた時で、新しい運用体制に切り替えることが使命でした。それまで伝統的にやっていた資産配分(安全資産63:リスク資産35)を改善するために、信託銀行がモンテカルロシミュレーションの結果として提案してきた配分は株式60・債券40でした。しかし、私は会社の財務状況が変わったわけでもないのにいきなりこんなに株を増やしてよいものか、と疑問に思い、1ヶ月をかけて社内で議論を重ね、最終的に株式50・債券50のオーダーメードの基本資産配分を決めました。今では、モンテカルロシミュレーション結果だけに頼らずに、十分な議論を行うことによりアセットミックスを決定できたことは本当に良かったと思っています。今までの7年間変えずにうまくいっています。伝統的資産クラス内のスタイル管理を徹底しましたし、オルタナティブも導入していますから、なかみは随分分散が進んでいます。結果として市場が上昇時にはそれほど上昇しない代わりに、下落時に強いポートフォリオになっています。当基金のコンサルタントの顧客40社のなかで、当基金が下落時にはいつも一番強いようです。ですから、私は私のやってきたやり方に自信を持っています。最初の段階で技術的なことだけにとらわれず、真剣に取りうるリスクのことを考えて検討したことが良かったと思います。 

桜翁  アセットミックスを変えなかったという背景には、基本的に各資産クラスのリスク・リターンは短期的にはどうなるかわからないが、長期的には一定のところに収斂する、というお考えがあるのですか?

山口  それもあります。しかもシミュレーションの時に期待収益率、リスク、相関指数など色々な数字を入れますが、リスク以外はデータとしてはあまり信用できません。過去2回ALMをやってみましたが、株でも債券でも、予定収益率の数字と短期間の実際の運用結果では全然違います。何十年かけて待っていれば、想定どおりのリターンになるかもしれませんが。これは精神安定剤のようなものですね。過去の結果から持ってきたリターンは何ら将来を保証するもではありません。将来予測を入れる方法もありますが、これもあてになるものではありません。退職率、昇給率のような社内の数字にしても、3年先でもはっきりとはわからない。何の根拠もなしにアセットミックスを決めたと言われても困るので、ALMの場合はあらゆる数字が仮定と割り切ってやっているだけです。

桜翁  一応シミュレーションはしても、それを全面的に信じているわけではなく、あくまで証拠として残しておく、ということですね。

山口  そうです。 投資理論もシミュレーションも盲信しはいけないということです。本では「ALMはだめだ」と書いていませんが、それは私の本を読んで深く考えずに、単純に「ALMはだめだ」と思ってしまうような基金の人が出る恐れがあったからです。立場上影響力があるのでへたなことを書けず抑えている部分もあります。


オルタナティブ投資について

桜翁  オルタナティブはどのような位置付けで導入されたのでしょうか?今後、年金基金としてどういう位置付けでされるべきなのでしょうか?

山口  私は分散投資を追及する一環で、株、債券ともにオルタナティブに投資してきました。分散投資の延長にオルタナティブがあったわけで、オルタナティブに大きな幻想を持っているわけではありません。冷静な目でみています。オルタナティブでは、どの運用機関を選ぶかが重要です。株の運用も債券の運用もしっかりできない人がオルタナティブに投資するのはどうかと思っています。昨年から今年にかけて年金基金によるオルタナティブ投資が急激に増加したことはあまりよいことだと思っていません。管理能力があまりない人がオルタナティブを入れて大丈夫なのか。そのような人に限って半年間振り返って成績が悪いと大騒ぎします。信念も理念もなければヘッジファンドと付き合うべきではありません。また、何でもかんでも量が売れれば良いというような売り方にも感心しませんね。売る側の人ももっと責任を持つべきだと思います。

桜翁  日本の場合、基金側もしっかりした考えをもっているところは少なく、コンサルタントの言いなりのところが多いので、そのような現象はしかたがないとも思います。先ほどお話したような年金の分野での人材改革は絶対に必要ですね。

山口  コンサルタントも生保も信託も一緒ですが、基金側が、専門家が言うことに独自の価値判断基準を持って批判するだけの力がなければ、言われたことをそのまま鵜呑みにしてしまうのです。私は企年協会長を務める前にも、連合会の資産運用委員長など色々な役職に付いてきました。このような機会を通して多様な人と出会い、公の場でも話す機会が多くあります。そして資産運用について理解が深まらない理由は、素地からして経験が全く違う人が突然運用担当に就任することや、人が頻繁に入れ替わたりすることにあると感じました。政治家、企業経営者、マスコミも含めて、日本はポートフォリオ運用があまりわかっていない国だと思います。また運用に関する適切な教育もされていませんから、理解されるのに時間がかかりますが、それでもやらなくてはいけない仕事だと思ってやっています。私が本を書くことや公的な仕事に就くことにより、日本の年金運用の向上に少しでも寄与できれば、と思ってやっているのです。日本の中で年金が一番まともな取り組みをしているはずですから、その年金が運用をギブアップしてキャッシュでずっと持っているようになったらおしまいだと思います。

桜翁  長期運用を目的とする年金は、時間という資源を一番もっていますね。

山口  チャールズ・エリスも「Time is everything」とはっきり言っていたように、時間という道具があるのだからそれを使わない手はありません。

桜翁  投資銀行、銀行、運用会社、生保、政府、実際のところ全て年金以外は短期思考の投資家ですね。

山口  そのとおりです。 しかし、それらが企業の財務の付き合いがある先であり、財務に入る情報はそれら短期思考のものがメインなので、「どこの銘柄が上がりそうだ。」とか「円高になりそうだ。」とか騒ぐのです。しかし、そのようなことに右往左往しないのが年金運用であり、その部分は専門家に任せて、全体の監督をするのが年金マネージャーの仕事だと思います。年金の管理者と運用機関の役割分担が重要だと思います。年金側が余計なことを指図し、運用会社がそれを聞き入れたために、結果としてスタイルドリフトや機会損失が発生したというような弊害も起こることがあります。

桜翁  オルタナティブ投資はどのようなきっかけで始められたのですか?

山口  2001年にオルタナティブ投資としてヘッジファンドを初めて入れました。その時は、株式市場の環境も悪く、911のテロも起こった後でダウンサイドを警戒しなくてはいけない時期にありました。株も債券も分散投資を行い、更なる分散投資を考えていたときでした。金利は超低金利が続いていましたが、将来の上昇懸念もありました。そのため株式・債券の分散については相当前から進めてきましたが、それ以上の分散を求めるとなるとHF投資を検討する必要がありました。以前から、債券の代替としてどうしてもやらなくてはいけないものとしてマーケット・ニュートラルを視野に入れていました。株式の代替えとしてはFOFを視野に入れて研究を続けてきました。

桜翁  債券に対してある程度の逆相関があり、ある一定量のリターンもあるからですか?

山口  そうです。 リスクも少なくリターンも債券より少し高い。その上、運用内容も理解し易いので好都合でした。それでパッシブ運用会社(2社)のものを入れました。やる準備を始めてから実行までに2ヶ月しかかかりませんでした。オルタナテイブ運用の目的を理解してもらうために、資産運用委員会に、コンサルタント、運用会社、信託を招いて、勉強会を3回連続でやりました。それぞれ違う立場から、商品特性、投資効果、リスクなど「ヘッジファンド投資をするとポートフォリオにどのような影響があるのか」について講義を受けました。その結果、それまで悪いものと思い込まれていたヘッジファンドが正しく理解されるようになり、社内の同意を短期間で得ることができたのです。また、2002年に「為替と金利」を運用するシングル・マネジャーを1社採用しています。2001年からFOFは2社に投資しています。1つの方FOFの中には、CTAが含まれているため、検討段階では「リスクが高い」とも言われたものもありましたが、ゲートキーパーのリスク管理がしっかりしている、日本でのプレゼンスもしっかりしている、分散が良く効いている、他のFOFと内容が重複しない、などの点で最終的に採用を決めました。他方のFOFも内容が前者と全く異なるしっかりしたファンドです。このFOFとは基金へ来る前から付き合いがありましたので、内容は熟知していたのです。FOFはヘッジつき、ヘッジなしをそれぞれ、海外株用、国内株の代替えとして行いました。日本の基金の限界は、海外のシングル・マネジャーのリサーチができない、戦略の組替えまでできる体制にない、またリスク管理、契約交渉などの事務負担能力の限界、などの点がありますが、それを補ってくれるものとしてFOFに投資しました。決してリターンの高さで選んだわけではありません。ファンド数はできるだけ増やさず、既存のFOFに増額していく方針です。日本人はもっとグローバルな投資を広げていかなくてはいけないと思います。そのためには当然プレーヤーもグローバルである必要があります。ヘッジファンドを取り入れることにより、グローバル投資を実現できるだけでなく、今まで使っていない運用スキルや資源も使えるわけですから、ヘッジファンド投資は総合的に見て分散の一つと思っています。

桜翁  そのような考え抜かれた哲学をもってヘッジファンド投資を行えば良いのですが、中身を検証せずにディストリビューターの言いなりや他がやったから、ということで投資をするのはこわいですね。

山口  そのとおりです。基金としては受託者責任があるのですからそれはやめて欲しいと思います。

桜翁  運用機関の解約についてですが、随分解約されたようですが、抵抗はありませんでしたか?

山口  1998年3月まで信託銀行7社と生保6社を使っていました。今使っている信託は1社、生保はゼロです。解約する場合、明快にそれを運用戦略上説明できる論拠を持っていますから、解約される相手に理由を具体的に説明し理解してもらうことができます。その時には担当者が社内でその理由を明確に上司へ説明できるような親切な配慮も必要です。そうすることでスムーズな解約ができました。解約した相手と再会することもありますし、その会社を再度採用することなどもありますから、その後も付き合いができるようにしておくことは大切です。私の勤めるJTBにとってはどこも大切なお客様ですから、本業に悪影響を与えないような慎重に対応に徹したわけです。


これからの執筆活動

桜翁  年金運用のお話を通して、生き方の勉強をさせていただいているようです。最後の質問ですが、今後も執筆活動をお続けになられるのですか?

山口  実際に今2冊目を一生懸命書いています。今回は若手5人をチームに入れて6人で書いています。若い人達が私と一緒に本を書くという作業を経る事で勉強すると思います。年金運用の実務、アセットアロケーション、ヘッジファンド、PE、不動産など各自の得意の分野について章を担当してもらっています。具体的な事例も多く取り入れた実務編です。若い人達を育てるのが私の役目だろうと思っています。若い人の方が私よりも詳しいことも多いのですが、本を書くという体験を通して彼らの力がぐっと伸びると思っており、大変期待しています。出版時期は2005年3−4月頃を予定しています。本を書くことが仕事ではないので、忙しく仕事をしながら時間を見つけて本を書いているわけですが、本を書いてみてわかったのは、忙しくしているときの方が書ける、と言うことですね。暇だからかけるのではありませんね。情報がある人には、更に一層情報が集まってくるので、今どう考えるべきか、どう行動するべきかがわかります。だから書けるのです。

今回出版した本は、私の頭に詰まっていたことや日常の活動を文章にしただけなのでそれ程の苦労ではありませんでした。他の方が書いたきれいな教科書のような本とは全く違った、たいへん個性的な実用的な本になっていると思います。本の最後にも書いたように私のやり方がすべてではなく、違うタイプの運用を否定しているわけでもありません。私が他の会社にいたら別のやり方をしていると思います。私が一つの旗印立てたので、違う旗印をもっている人は「私は違うよ」と旗印を立ててくれることを期待しています。年金基金の現場で書いた本が始めて出たわけです。もっとそのような本が出て、それで論争するようになってきたら楽しいなと思います。そのぐらいになって初めて日本の年金運用のレベルアップができると思います。今のレベルでは低すぎます。反論大歓迎です。CAPF通信の読者の方も私の本を読み、どんどん反論してください。

桜翁  大変貴重なお話をありがとうございました。2冊目のご著書の出版を楽しみにしております。

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